始まりました‼️ USPSAの大きめのマッチがね♪
といっても、今日は3日目なんです。
350人からが集まる大きな試合。
ケニーは今日と明日撃つのです
場所は、中部キャリフォニア・・の
カウボウイ射場です
つまりCCPLの主催ね
いつもと雰囲気が異なるので楽しい♪
じつは・・この日のために・・
1週間ブットーシで訓練したのです。 もちろんスクールの後でね・・
弱点を補うための特訓でした。
⬇️動画です
USPSAのバヤイは動画では判らないのですよね。ターゲットのアルファ(センター)をヒットしてるかどうかで採点されますからね・・
USPSAの試合はまだ10回ほどという新米のケニーですが、今日はアルファ狙いでいきました。
ここのセットは半端じゃないので見ていただきましょう
昼ごはん付きです エコーの社長さんと一緒に食事
ゴードンが来たら、全部盗みそうな・・😁
日本で見慣れた床屋の看板はどの国で生まれたの??
これだからロードランナーは人気あるわけね♪
初日のケニィは快調に走りました。 すこしスピードを落とし、Aゾーンを増やしながら大きなミスもなく快調です。6ステイジが終わってみればタラン組のザック大将のすぐ後ろ、二位という結果でした。
しかし翌日もこれを保てるかどうか・・・
うわ、楽しそうなセットですねぇ。看板もちゃんと時代の雰囲気で凝ってる。小物も骨董価値がありそうな感じ。 セット作る時も楽しかったでしょうねぇ。
確かにな~な記事
↓
ロシアのウクライナ侵略が示唆する自衛隊の大問題
ITやコンピューター技術の発達によって、宇宙空間までも活用する監視、情報、通信システムが普及した。
軍隊の運用にもこうした最先端のシステムが取り入れられ、21世紀の戦闘様相は戦車や艦艇、戦闘機などのハード兵器が直接相まみえる前に、情報・指揮・通信機能を破壊する宇宙・サイバー・電磁波(通称ウサデン)が重視され、ハード兵器の対決前に決着するのではないかとさえ見られるまでになってきた。
加えて、日本は専守防衛という建前をとりながらも国土の縦深性がないために、敵が上陸する前の海空域で撃破する戦略を良しとして、海・空自衛隊の兵器・装備を重視する方向に向かった。
この結果、陸上自衛隊の主要兵器であった戦車や火砲は、防衛計画の大綱が改訂されるたびに削減され、冷戦終結前は1000両・1000門を超えて装備されていたが、現在では300両・300門前後である。
首都防衛の要として存在し、第1師団の象徴的存在であった第1戦車大隊も3月17日に約70年の歴史を閉じた。数年以内に北方と西方を除く本土からは戦車がなくなる。
陸上自衛隊のその他の兵器も軒並み削減の影響を受けてきたことは言うまでもない。
このため生産基盤の維持というシンボリックな意味だけで企業経営は困難として、陸戦兵器の製造に熱意を注いでいた有力企業でも防衛産業から手を引く状況が出来した。
しかし、いまウクライナで起きている戦争で目にし、世界の世論に訴え、戦線を支配しているように見えるのは、戦車や装甲車、対戦車砲や対戦車ミサイル、対空ミサイルなどの従来から重用されてきた陸戦兵器である。
短兵急に結論を出すわけにはいかないが、主要都市の攻略では在来の陸戦兵器が依然として活躍していることが確認されつつあるのも事実ではないだろうか。
カタログ性能を求めたがる日本
戦後の日本は戦争を経験していない。その意味で「自衛隊は戦争抑止に貢献している」というのはあながち間違った見方ではない。
しかし、戦争していないゆえに、兵器・装備の研究開発、調達・装備においては敵性国家になりそうな国の兵器・装備に関する情報を軽視し、世界最高(いわゆるカタログ性能)の兵器・装備を取得しておれば問題ないといった意識が強く出る雰囲気があった。
冷戦時代はソ連の脅威があり、北方からの侵攻が危惧されていた。その場合の撃破対象となるのは、ソ連陸軍装備の「T-64」、「T-70」戦車や「BTR-60」装甲車などが主体であった。
しかし、陸幕防衛部や装備部から(筆者らの)情報部への要求は米国の新戦車(M-1)の性能諸元はどうか、西ドイツ(当時)はどうか、などが主体で、ずばりソ連の戦車などについてではなかった。
要するに、日本の兵器・装備についての研究・開発・装備は直接対峙する相手国の状況ではなく、米国や西独などはソ連を相手にした戦車などを開発しているであろうから、米独と同等かそれ以上の兵器を開発しておけば十分という憶測に基づく間接的なものであった。
しかし、現実に使われる兵器は戦場となる国土の地形や気象、植生に大きく影響される。実際、欧州と日本では地形が抜本的に異なり、日本は山岳地帯が多く平坦部は少ない。
欧州の平坦部で運用される兵器が山岳地帯の多い日本で運用されるとは限らない。
従って、カタログ性能を求めるのではなく、相手が実戦で使用する兵器情報を第一に収集し、それに対抗できる兵器を研究し、開発・装備すべきなのである。
ソ連製兵器を装備したアラブ諸国はイスラエルと何度も戦火を交えた。ソ連製鹵獲兵器がイスラエル、さらには米国などには保管され、性能・諸元等も調べられている。
それらの兵器情報を優先すべきではないかという建言も聞き入れられず、そのための予算などが付くはずもなかった。
結果的に、日本は世界の最先端兵器を備えることにつながったが、重すぎて橋梁通過などが不可となり分解搬送を強いられる代物となった。
万一、ソ連が上陸してきたとき、現場で組み立てなければならない兵器が役に立つだろうか。
自衛隊がPKOに派遣される様になって以降は「機能する自衛隊」と呼ばれ実用性が重視されるようになるが、それ以前は「存在する自衛隊」であったから、現実とのギャップが見えなかっただけである。
在来兵器のオンパレード
ウクライナで起きている戦争を見ると、最新兵器ばかりが登場するわけではない。
最新兵器は将来の傾向を示し研究開発の示唆となるが、実際に運用される兵器の大部分は半世紀も前に開発装備されたような在来兵器がほとんどである。
3月19日、ロシアが極超音速兵器を使用したとの報道があった。
しかし、戦争開始から1か月以上が過ぎた今日まで、世界の目に留まったのは爆弾や戦術ミサイル、戦車や大砲といった在来兵器ばかりである。
最近はウクライナ東部の要衝マリウポリ陥落を早めるために艦砲射撃や艦上からのミサイル攻撃も加わったといわれるが、いずれにしても在来兵器ばかりである。
戦争指導や作戦立案などに偵察衛星や宇宙通信システムが活用されているのは紛れもないが、戦争の悲惨な状況は爆撃やミサイル攻撃、あるいは戦車の突進や大砲の発射などからしか感得されない。
現実に住民を混乱させるのは、こうした戦術兵器による破壊である。
日本の場合は防衛予算が他の先進国に比して対GDP(国内総生産)比換算で半分くらいのため、新兵器に目を向けると在来兵器を削減せざるを得ない状況にあったという以外にない。
禁止兵器の登場
核・生物・化学兵器は大量破壊兵器(WMD:Weapon of Mass Destruction)にカテゴライズされ、条約によって保有や使用が制限され、あるいは禁止されている。
特にソ連時代に所在した核をウクライナから引き上げ、核不拡散条約に加盟するに当たって、ロシアは米英と共にウクライナに安全保障を提供する(ブタペスト覚書)とした。
今回は安全保障を提供すべきロシアが逆に核でウクライナを恫喝するという逆転した姿勢を見せたわけである。
また、自国が使用の恫喝をしておりながら責任を転嫁するため、ウクライナに原発施設や核にかかわる研究所があることを理由に、あたかも核(物質)の「使用」を意図しているかのように宣伝し、自国の「予防的」あるいは「先制」使用を正当化する意図が見え見えである。
また、ウクライナが生物兵器や化学兵器を使う準備をしていると喧伝し、ロシアが使用した場合の責任をウクライナに転嫁する偽旗作戦にも注力している。
戦線の膠着やキエフでは一部撤退が報道される中で、化学兵器には指定されていないが危険な白リン弾を露軍が使用したことが報道されている。
露軍は戦争が始まった早い段階で、クラスター弾を使用したとも報じられた。
非人道兵器として対人地雷と共に禁止する国際条約が存在する。ただ、ロシアや中国、米国などは参加していない。
露軍に見られる戦略の破綻
当初はロシアと国境を接する東部2州を独立させ、あるいはその後にロシアに併合するのを目標にすると見れたロシアであった。
しかし、実際は東部に加え、演習と称して展開していた南部のクリミヤ半島と北方ベラルーシの3方面から10万~15万人の兵力で一気にウクライナに侵攻を開始し、現政権を倒して親ロ政権樹立を目指すようであった。
わずか10万前後の兵力で、4000万人のウクライナを制圧するのは無理というものであるが、絶対権力者たるプーチンの満々たる自信(過剰)が、進言しようとする将軍たちの口をつぐませたのかもしれない。
国内の兵力状況やウクライナの対応ばかりでなく、理不尽なウクライナへの侵攻に抗議する国際社会の動きの見誤りも重なったようだ。
国際社会は各種レベルで一致団結してロシアに制裁を掛けると同時に、ウクライナに兵器・装備などの支援をし続けている。
西欧諸国からの兵器を即座に戦場で使うなど、ウクライナ将兵のレベルの高さが相当なものであることも示している。
また、銃を手にしたウクライナの女性兵士の精悍な姿が週刊誌のグラビアを飾ってもいる。
他方で、思うように進軍できていないのがロシアである。
至短期間(多分数日)での攻略が可能と見ていた節がある。しかしウクライナ軍の予想以上の抗戦でロ軍兵士の士気が萎え、また燃料などの不足(いわゆるガス欠)も原因しているとみられる。
日本の特性と問題点
大東亜戦争の敗戦の一因(しかも最大の要因)は「情報」「兵站」「技術」の軽視にあったことが指摘されてきた。その教訓に立ち、技術を重視して防衛大学校が理工系として発足したことは周知である。
同様に、米軍指導の下に武器職種などの兵站職種ができ、その教育と運用研究に資するべき兵站関係の職種学校がつくられた。
武器・弾薬を扱う武器科という職種(職域)は旧軍には存在していなかった。普段は補給廠(今日の補給処)で働く工員らが必要に応じて戦線に向かい、現地修理班として働いていた。
後に自衛隊武器学校副校長となり、陸幕武器課長も務めた種田弘治氏は、ノモンハン事変当時は小倉造兵廠の廠員として働いていた。
事変では戦闘機の主要武器であった固定機関銃に二重装填という故障が続発、故障修理のために改良した送弾子部品を携行、工員ら約50人を引率して戦線に向かったと述懐している(武器職種OB機関紙「王土会」第1号(平成4年1月1日))。
戦争で称揚されるのは第一線で戦う将兵であり、その勇戦ぶりが武勲として記録されてきた。
勇戦を支えている兵器や弾薬、それらが機能するように武器を整備し、また不足しないように補給する業務、すなわち兵站、旧軍でいう輜重(しちょう)は「輜重・輸卒が兵隊ならば、電信柱に花が咲く」などと揶揄され、全く無視されてきたのである。
サプライ・チェーンが重視される今日からは想像もできない状況であるが、大東亜戦争でも「偶(たま)に撃つ弾がないのが玉に瑕」と言われたように、戦闘の帰趨を決める弾丸さえ不足する状況であった。
そんなはずはないだろうと思う人士も多いに違いない。
敗戦時、350万人の軍隊が健在であったという。この兵員数にマッカーサーが恐れをなしたのも無理はないが、実際は撃つ弾もなければ、海外に散在した兵員を輸送し集結させる船舶もなかったのである。
また、陸自には情報を教える調査学校は存在したが、「情報」職種ができる2005年まで情報を専門とする隊員は存在しなかった。
従って、他の職種隊員が臨時的に情報領域で勤務するというだけで、職種としてのバックボーンがないため、人事的にも弱い存在でしかなかった。
陸上自衛隊が、近代兵器を駆使して戦う組織に衣替えしつつあるのは平成の半ば頃からである。
陸上自衛隊には海上・航空自衛隊と基本的に戦う場が違うという認識が強かった。
海象・気象による変化はあるにしても、海・空は基本的に障害物のない真っ平らな空間であり、山川草木などによる地形の変化や市街などの戦闘上の障碍に比べれば平坦と言っても過言ではない。
こうしたことから、海・空自では創隊当初から日本を一体的にとらえて活動する自衛艦隊や航空総隊があったが、陸自は全土を5分割し、2018年にようやく陸上総隊を編制したのである。
ここにも欧州と異なる日本独特の地形が部隊の編制に影響を与えていたわけである。
過去と将来の両立が求められる
米国には「Ordnance Center & School」と称される学校がある。武器を兵站の中心と見て、教える学校であり、日本の武器学校とは異なる。
筆者がここに留学したのは1976年であり、報告書などでは兵站機能の指揮や集約などを挙げていた。
しかし、陸自に兵站センター(センター長は武器学校長が兼務)ができたのは2019年である。
各方面隊に弾薬大隊や弾薬中隊が新編されたのも最近で、弾薬さえ専門に扱う部隊がなかったというわけである。
大東亜戦争の教訓の上に立って創立された自衛隊でありながら、欠陥が指摘された情報、兵站などは軽視されたままであったというに尽きる。
陸自の中心は戦闘職種の普通科(歩兵)・特科(砲兵)、機甲科(戦車)(以下普特機と略称)で、人事部署に配属されているのも普特機隊員が主で、今日まで情報や兵站への考慮が行き渡らなかったのも当然と言えば当然である。
戦闘下においては迅速な補給・整備のために、戦線に近いところに前進補給点などを臨時に編成する。
ところが子細に検討すると、本来の補給基地から前方に設けた補給点に補給品を運ぶ車の操縦手がいない欠陥が露呈する。ここからは、自衛隊車両の操縦者をいかに養成するかという問題が浮かび上がる。
また、筆者は所属した補給処の記念式典に招かれて行ったことがある。
観閲指揮官が乗車するときは傍に控えた隊員が整斉と踏み台を運んで置き、黒系統に統一した背広や女性事務官・技官までもが観閲行進に参加したのには吃驚した。パレード自体は「素晴らしい」の一語である。
しかし、補給処の自衛官はともかくとして、事務官や技官は兵器・装備の補給や整備の専門家であり、また数多ある駐屯地の建造物や上下水道、電気などの工事、あるいは医薬品の管理などに従事し、女性事務官らは隊員が着用する衣服の補修などで働いている。
筆者の在勤間にはカンボジアPKO(2次隊)の派遣があり、女性事務官らは夜を徹して隊員数百人の戦闘服などに「Japan」や部隊の識別章などを縫い付ける仕事に追われていた。
こうした事務官・技官らが観閲式の行進に駆り出されたわけである。その指揮官は4か月後には師団長に補職される人物で、補給処長はつなぎの補職というわけである。
この間の補給・整備率が60~70%台であったと後日仄聞した。
短期間であり、しかも平時であることから免責されたのであろうが、兵站を理解しない人事がいかなるものであるかの端的な証左でもあった。
おわりに
本文では戦争に出現する兵器・装備の一端について概見した。普段の努力とともに、最新兵器ばかりに目を奪われるのではなく、該国の実際の装備状況に目を光らせる必要があるということである。
年末までに安全保障関連三文書の改訂が予定され、既に作業は始まっていると仄聞する。現実を直視した文書となることを期待する。
ウクライナで起きている戦争は今後の国際情勢に大きな影響を与えるに違いない。中でも、国家の安全をいかに確保すべきか。政治のあり様、国民の意識、自衛隊の装備などで考える要素を提示している。
ウクライナ(ばかりではないであろうが)の多くの家庭は防空用に地下室を備え、そこには多いところでは約1か月分の非常用糧食などを準備しているとのことである。
包囲されているマリウポリからの退避者の一家族は、インタビューで15日ぶりに地下室から出てきたと応えていた。
多くの地下鉄駅などは住民の退避場所になっている。ソ連に組み入れられた当初から、政治も国民も今日のような状況がいつ発生してもおかしくないと考えていたに違いない。
ウクライナなどの東欧圏ばかりでなく米国などでも地下室を備えている家庭は多い。ましてや、公共施設として核シェルターなどの設置は言うまでもない。
近隣には大量破壊兵器の恫喝・使用を厭わないと思われる国がある。改訂文書ではこうしたことに対する現実的な施策も必要ではないだろうか。
かっこいい~😄西部劇のセットみたいですね~😄
最近は毎週カミさんとシューティングコースをまわっています✌️ピースメーカーを持ち込んだら先週はみんなピースメーカーを持ってきてリヴォルバー大会でした😄
イチローオークションは惨敗です😢
春は別れと出会いの季節。 てことで、転勤する同僚からの引継でてんやわんやです😅。 オイラの職場では、年度途中からの転勤や出向はほとんどなくて、転属は大体年度替わりのこの時期。 私自身、出向みたいな形で畑違いの現職場に来たわけですが、気付けば一番の古株ですよ。 えー、本音を言えば、 「本土(元の仕事)には死んでも戻りたくない(笑)」 『住めば都』とはよく言ったものです。 そんなこんなで、仕事の行き帰りにスナップを撮ったりするくらいで、現像もできませんねん。 仕事が落ち着いて、本気でキャメラを持ち出せる頃には初夏になってる予感😅😅😅
SUPER VELの垂れ幕を見て、なんか見かけた気がするにゃと思って宝箱を探したにゃ。
あった有ったステッカー! (๑>◡<๑)
何も知らずバックシャンでカッチョエーとピギ商店で入手したけれどアモの会社っだったのね。何のステッカーで何でピギ商店で扱ってたにょかこれでワカッパー\(^-^)/
イチローさん写真を紹介してくれてアリガトリーヽ(´▽`)/