私のグロック 続

なんというか、「ボクサーが滅多打ちにされて負ける時って、こんな感じなんだろうなぁ・・・」と。

ボカボカボカと衝撃を受けて、最後にデカいので張り倒される。

「まさか、グロックにノックアウトされるなんてなぁ・・・はは」

と笑って失神したくなるような、最後の1枚。

こういうのを撮ってみたい!撮れる自分になりたい!


よく、「『知らない方が幸せ』ってことも、世の中にはあるものよ」なーんて物知り顔で言う人もいますが。私ゃそうは思いません。

自分の願いを知ること。そこから栁に飛びつく蛙のようにジタバタとあがくこと。

時間と労力を注ぎ込むだけで結果は出せず、苦しいばかりですが、この苦しさこそが今の私にとって「生の実感」だったりします。


思えば、文章を書いているときもそんな思いでヒーコラやってました。元来、「生きている実感が乏しい人間」なんでしょうね、私は。仕事でも、家族の事でも、趣味についても、「生きている自分」を確認する作業の一環なのかもしれません。


自分が半分壊れた人間だという自覚はありますが、それでも顔を上げて生きていけるのは、タイミング良く興味の種を投げてくれるイチローさんに負うところが大きいのです。

『人生は、苦しくもあり楽しくもあり。双方とも善きかな、善きかな』


by ルシファ


観てくれる人をノックアウトしたくて撮ってるのではなく、ただ美に対する感動を顕したくて絵作りをするんですけど、ノックアウトされたと聞くと嬉しいですがな😁 アメリカでは「ストライキン」だとよく言われます。心打たれた、という意味ですよね。 写真撮影を学ぶと、これまでの自分の眼はいかに曇っていたかということに気づかされ、ひいては物事をより深く観察したり思考したりするという習慣ができてくるので、これは生きる上での武器になりますよ。 観察眼は洞察力につながりますから、ルーさんは良い趣味を見つけたもんだわ😊

光線の加減や具合、そして構図の安定感といったものは、美を学んでいなくても「なんとなく好い、とか、なんとなく好きくない」みたいに誰にも自然に備わった感性があるものですから、光と構図が人に与える影響というものがあるわけですよね。そういった心理について自分を見つめながら、あるいは他人の眼を試しながら撮影をしてゆくと10年もすればだんだんに解ってくるものです。でも、ボクはまだまだ発見があるので10年どこじゃないですけどさ💦


ようこそ「光と影の芸術世界」へ♪

ボクなんか、こんな日本で死ぬのはイヤだから、どこか死にたい場所を探そうとアメリカに渡ったわけで、これはもう半分壊れたどこじゃなくて全壊スレスレではないかと😁


いま練習しているのは、このように立てた状態のフォトですが、こっちのライティングはより難しいです。 スライドは光りやすく、ホルスをコロしてしまうのでホルスを強調するわけですが、アクロの存在も浮かび上がらせたいので、これをLEDだけで調整するのは新たなるチャレンジなんですよ。 でもちょっと色調が暖かすぎかな?・・



GZ-20からだといくら抜いてもスライドに擦り傷がつかないので、こういう高価で美しいグロックでも安心して練習できる・・なんてケチなこと考えています😇 それと、被写体の魅力・・ これはもう大切ですよね〜!! このグロックなどは「絵になる」ものなので、ただとってもカッチョ好いわけです😁

by 多駄徒留雄

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